Meet Earth
地球に触れている人達と出会う旅07


鳥取県福部村








 たとえば真夏の盛り、炎天下の砂浜に一日中立っていたら、どうだろう。肌は火ぶくれ、喉はからから、目もやられて、恐らく半日ともたず、ぶっ倒れてしまうに違いない。
 東西16キロ、南北2・4キロにおよぶ鳥取砂丘。日本海に面した広大な砂の大地のその東側、面積にして約120ヘクタール。そこに、福部村のラッキョウ畑はある。

「これ、去年使うた足袋」
 6月初旬。収穫の最盛期を迎えたラッキョウ畑で、生産者のH本さん(62)とK川さん(53)に会った。
 H本さんが差し出した一足の足袋。裏のゴムが溶け、原型をとどめていなかった。
 真夏の植えつけの時に履いた足袋だと、H本さんが言った。
 八月下旬。砂の照り返しをもろに受ける砂丘の畑。外気温は四〇度を優に超える。
 農家は朝から畑に出て、日がな一日、手作業で一粒一粒ラッキョウを地面に植えていく。
 機械だと、うまい具合にラッキョウの芽が上を向いて落ちてくれないらしい。
 この植えつけ作業が一番辛いと、ラッキョウ農家は口を揃えて言う。
「腰をかがめるけんねえ、ちょうど空気を吸うあたりの温度が七〇度近くなりよるよ」
 H本さんがそう言うと、K川さんが相の手を入れる。
「地面なんか八〇度超えるけんなあ。足にふくらご(やけど)ができよる」
 できる限り日焼けを避けるため、長袖のシャツとズボンに身を包んで植えつけをする。
「灼熱地獄よねえ」
 二人はそう言って顔を見合わせ、かかか、と笑った。

ラッキョウを売る人

 福部村では、「洗い」ラッキョウと「根付き」ラッキョウの二種類を販売している。
「洗い」というのはそのまますぐに漬け込めるもので、「根付き」はその名のとおり、根と茎の一部分を残したもの。
「通の人はですね、根や茎が残っているものを好むんですよ」
 農協のY根さんが説明するとおり、洗いラッキョウの出荷量はここ十年ほぼ横ばいだが、根付きは二倍以上の伸び。
 このご時世、日本全国どこの産地を訪ねても、「消費が落ち込んでねえ」という愚痴っぽい声を聞くのだけれど、福部村では、そういえば一度も聞かない。
「消費も後継者も、ちゃーんと増えていますよ」
 Y根さんは強気にそう言う。食にこだわる消費者のニーズを、うまくつかんでいる。
 宣伝もうまい。
 出荷の大型トラックの側面に、でかでかと「一日四粒で血液サラサラ」と書いたやつを走らせたら、「ありゃあ何だ」と問い合わせが殺到した。阪神球場で、タイガースの選手にラッキョウ一年分(……って一体何キロなんだ?)をプレゼントした。福部村の中学生は、修学旅行でディズニーランドに行った時、駅前でラッキョウ漬けを配った(校外活動ということで。……しかし道中、ラッキョウ臭くて大変だったろうに)。みのもんた氏に直談判して、番組では三度も紹介してもらった(免疫力が高まるとか、血がサラサラになるとか、生活習慣病を予防するとか、そんなの)。
 農家は作る人。農協は売る人。昔ながらのスタイルだが、その両者がうまく噛み合っている。
 そういえば、山根さんのポロシャツの背中にも「一日四粒で血液サラサラ」と、大きく書かれてある。

花を売る人

 11月になると、植えつけが終わったラッキョウ畑一面に花が咲く。
 淡いピンク色の絨毯を敷き詰めたようだ、という話をよく聞く(僕は実際には見たことがない)。

 今一度
 訪ひたしと思ふ
 この村に
 辣韮の花
 咲き盛る頃

 これは1994年に福部村を訪れた美智子皇后が、ラッキョウの花に感銘を受けて詠んだ歌だという。
 ラッキョウの花というのは、見た目には可憐でたいそう美しいらしいのだが、いかんせん、使い道がない。咲いて、観光客の目をちょっとだけ楽しませて、あとは朽ちていくのみ。
 これを商品化した人がいる。
 先に登場した、H本さんとK川さんである。
「メロンの箱にラッキョウの花を添えて出荷してみたら、えらい評判がようてねえ」
 それがヒントだった。早速、仲間を募り、十本一束で一ケース十束の荷箱を作って市場に持っていった。でも、
「なんの花かわからんこんなもん持ってきて、売れやせんでって、市場の人からボロクソやったわ」
 K川さんが苦笑する。
 ところがいざ販売してみると、思いのほか反響が大きかった。一週間しか咲かない花、という希少価値がまた受けた。
 最盛期には500箱を売ったんよ、とH本さんが誇らしげに言った。500箱がすごいのかどうか、いまいちよくわからない顔をしていたら、
「あんたねえ、11月いうたらそら何かと忙しい時期やで。それを畑に出向いて、花を摘んで、茎の長さや太さを揃えて、ラッキョウの匂いを消すのに一晩水につけて、そらあえらい手間がかかるんよ」(香川さん)
 本来ならば、「本業」のラッキョウだけで手一杯。余計な手間をかけて花を売ったって、それに見合う手取りがあるかというと、そんなこともなさそうだ。「スカート一枚買える程度」(H本さん)。
 じゃあ何で続けてるの?
「生きがいやな」
 H本さんがさらりと言った。
 生きがい----そういえば農家の女性に会うと、この言葉をよく聞く。
「またか」と思って、それまでは何となく聞き流していたけれど、待てよと思った。
 たとえば自分だったら、誰かから何かを問われて、「生きがいです」と、こうもてらいなく答えられるものだろうか。僕の周りで、仕事を「生きがいだから」と言い切れる人間が、一体何人いるだろうか。
 僕は顔を上げて、二人の顔をじいっと見直した。
「品のいい花だけんなあ」
「まるであたしらみたいやねえ」
「ラッキョウの花は気持ちを和らげる効果があるって、こないだどっかのえらいセンセーが言うとったで」
「だからあたしらも、こんなおだやかでいられるんやねえ」
「おだやかすぎて抜けとるけどなあ」
 二人は勝手に喋くっていて、かかか、と笑っていた。

 初夏。山陰地方を横断する国道九号線は、福部村に入ると一面、ラッキョウの匂いに包まれる。

(2003年7月1日発行『TALEMARKETvol.07』より)





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