Meet Earth
地球に触れている人達と出会う旅03


香川県坂出市








日本最後の東洋ニンジン

「色、塗ってんじゃないの?」
そんなふうに言われたことがある。そう言ってT田さん(66)が苦笑した。
むべなるかな、初めてこのニンジンを見た人にとって、深紅ともいえるその紅さは、目に痛い。
「砂糖入ってんじゃないの?」
次に言われたのはこうだと言って、T田さんは大笑いしてみせた。どうやらこの話、自分の持ちネタとしてすっかり板についているようだ。
それほどに紅く、それほどに甘い。
それがこの金時ニンジンである。
全国的に出回っているニンジンの大半は、オレンジ色をした長さ15センチくらいのものだが、これは「西洋系」のニンジンなのだという。
もともとニンジンの原産地は、今となっては戦火渦巻くあのアフガニスタン一帯だといわれている。ヒマラヤ山脈の付近では今でも原種に近いニンジンが栽培されていて、以前、アフガニスタンを撮り続けているカメラマンの人から市場の写真を見せてもらったことがあるが、そこには濃い赤紫色や真っ黄色のニンジンがごろごろと並んでいた。
西洋ニンジンは、アフガンから西側のヨーロッパ世界へと伝えられたもので、時と場所を変えるにつれて改良が進み、現在の色と形になったらしい。
実はニンジンが世界伝播していったルートは、もう一つある。アフガニスタンから中央アジア、中国へと流れていったもので、それが「東洋系」のニンジン。他でもない、この金時ニンジンのオリジナルだ。
そもそも、日本に最初に入ったニンジンは東洋系のニンジンで、時期は江戸時代の初期。江戸では「滝野川群」と呼ばれる品種が、京都や大阪では「金時群」と呼ばれる品種が栽培されていた。
以前、「どうして『金時』なの?」とある人に聞かれたことがあり、答えに窮したことがある(素朴な目線で鋭い質問をする人なのである)。
「金太郎のモデルになった坂田金時っていう武将がいて、金太郎の腹巻きは真っ赤だから、それにちなんで……じゃない?」とか何とか、知ったかぶってその場では答えたのだけれど、これは僕が勝手に想像したことであって、実のところはわからない。
それはさておき、今、日本に残っている東洋系のニンジンは、この金時ニンジンだけだという。
日本最後の東洋ニンジン、というわけである。
で、その生産量日本一を誇るのが、ここ香川県の坂出市なのだ。全国の金時ニンジンの80%近くを担っている。

カロテンとリコピン

坂出市を訪れるのは2度目だ。1999年に別の雑誌で、同じように金時ニンジンを取材したことがあった。
そのときに忘れられなかった出来事がある。
農協を訪ねたらいきなり搾りたての真っ赤なジュースを出されて、恐る恐る飲んでみたところ、ことのほか甘くてうまかった。
「金時ニンジン100%です」
当時の農協の担当者は誇らしげにそう言った。
まさに「砂糖入ってんじゃないの?」と思ったのだが、取ってきたニンジンを、ただジューサーにかけただけのものだった。
後で調べてみたら、金時ニンジンは糖度が14度近くもあった。そう言われてもピンと来ないと思うが、これは温州ミカン並みの数値なのである。
さらに、果肉(と言っていいのかどうか、とにかくニンジンの肉質)が、たいそうやわらかい。ニンジン特有のあの「ニンジン臭さ」が少ない(これは後で述べるβカロテンの含有量と関係しているそうだ)。
そういえば、僕らがよく食べるニンジンは固くて、カレーなどに入れても全然煮くずれしない。
実はこれも長年の改良でそうなったもので、柔らかいニンジンは出荷などの時に割れやすくて商品価値が落ちるので、品種改良でどんどん固くなっていったのだそうだ。
形状も同じである。
金時ニンジンは、ゴボウみたいに細くて長い。根っこに近くなればなるほど細くなっていく。原種に近いニンジンはどれもこんな形だ。これは、料理しづらい。西洋ニンジンみたいにずん胴で、お尻まで同じ太さのであれば、輪切りにしてもサイズがそれほど変わらないので調理しやすい。「消費者のニーズ」というやつを受けて、そんなふうに改良されてきた。
金時ニンジンは、いろんな面で損なのである。
だから爆発的には売れない。関西方面で、おせち料理などの食材として使われるのがもっとも多い需要だが、消費の継続性、固定性がない。
だから、産地の人達はこのニンジンをもっともっと広めたくて、食べてほしくて、色々と苦心している。
以前、僕が取材した時もそうだった。
甘くてうまい。臭みがない。それは確かにいいことなのだが、これだけでは弱い。
今も昔もこの手のネタで一番受けるのは「栄養素」である。「思いっきりテレビ」とか「あるある大事典」でやっているようなやつだ。
ニンジンの栄養素といえば何と言ってもβカロテンである。「体の中でビタミンAに変化して、ガンや生活習慣病、糖尿病などの予防にキク!」というあれ。
そこで調べてみたら、何とこの金時ニンジンは!
……西洋ニンジンよりもβカロテンが少ないそうである(だからニンジン臭も少ないらしい)。
だめじゃん。
そう思っていたら、1990年に行われた国際ガン研究シンポジウムで、「リコピン」という成分に発ガン抑制効果があると報告されているのを見つけた。リコピンはトマトなどに多く含まれる赤い色素で、もちろん金時ニンジンにも含まれている。その効果のほどといったら、βカロテンの100〜240倍というではないか。
これは使えると思って、当時、記事に書いた。
その後「あるある大事典」にも取り上げられた。産地は大喜びで、今ではパンフレットにも堂々と書いて宣伝文句にしている。
実はこうしたことはみな、今回、坂出市を再訪して初めて思い出したことだった。

海の恩恵、土の力

T田さん夫妻に会うのも2度目だった。
とっくに忘れているだろうなあと思って挨拶をしに行ったら、
「何や前に来た時よりも立派な顔つきになっとるなあ」
と言われた。
「これ、覚えてる?」
妻のS子さんがそう言って持ち出してきたのは、僕が以前取材をして書いた記事だった。
それを見て初めて、リコピンのことも思い出したのである。
わずか5年前のことなのに、こんなに忘れているものかと愕然とした。
T田さん夫妻は、大事に大事にその記事をとっておいてくれたのだった。
「そんじゃまたあの畑に行くかあ」
冨木田さんが軽トラックに乗りながら言った。ついて行ったら、前に訪ねた時と同じ場所だった。
風が強かった。
畑の白い砂が舞い上がった。
目に砂が入らないよう、いつもの3倍くらい瞬きをしながら、畑に突っ立って収穫作業を見させてもらった。
「この砂がもう手に入らんのじゃ」
冨木田さんが言った。
坂出市には昔から多くの塩田があった。金時ニンジンの畑は、その跡地を整備した場所が多い。そのせいか、土中にたくさんのミネラル分が含まれていて、ニンジンの生育にもうってつけなのだという。加えて、3、4年に1度くらいの割合で、海砂を客土(畑に新鮮な土砂を入れることで土壌の栄養成分などを更新し、障害や病気を抑えること)している。このおかげで、
「20年も30年も同じもの作り続けとったら、よその産地じゃ連作障害で作物なんかできんようになるのに、うちはまったくそんなことない」(T田さん)
海の恩恵、土の力、つまるところ地球の恩恵を、このニンジンはたっぷりと受けているのである。
ところが、この海砂が手に入らなくなるのだという。法律によって2005年から海砂の採取が禁止になるそうだ。鳴門金時の産地である徳島県の里浦町を訪ねた時も、同じことを言っていた(ここでも海砂を客土している)。
「じゃあどうするんですか?」
と訊ねたら、
「うーん、どうするかなあ」
T田さんはそう言っただけで、また作業に戻って行った。

その数、70万

海砂がだめなら、山の砂を入れればいい、というわけでもない。養分が足りないのだという。燻炭とか石炭灰とか、海砂に代わる土壌資材を、今、産地では必死になって探している。でも、やっぱり海砂、それも瀬戸内海沿岸の海砂にはかなわないのだという。
6月に種をまき、8月から9月にかけて間引きをする。間引きというのは、育ってきた苗の中からいいものだけを選抜し、残りを抜いていく作業のことだ。何と、植え付けたうちの7割以上は間引きで抜いてしまうのだという。何たる無駄----とは思わない。芸術品のような作物を育て上げていく技術は、こういう労苦から生まれている。
それにしても、である。
夏の盛り。砂地の畑の照り返し。それこそ「砂漠のような暑さ」(S子さん)の中で、何万本という数の苗を1本1本確かめ、手作業で抜いていく。
何とすごい仕事か。
でも、これは金時ニンジンだけに限った話ではないし、ましてや坂出市だけのことでもない。ダイコンでもキュウリでも、ミカンでもリンゴでも、豚肉でも牛肉でも、およそ僕らが日常当たり前のように口にし、時には捨てたりもしてしまっている食べ物というのは、こうしたいくつもの手----汗まみれ土まみれ、しわだらけの手をくぐり抜けて、全国のあちらこちらか僕らのもとへと届けられるのである。
すごいなあ、と、ただただ感嘆してしまう。
T田さんは70aの畑で金時ニンジンを作っている。10a当たりに取れるニンジンの量は大体2万本くらいだそうである。ということは、単純に計算しても、1年で約14万本のニンジンを育てていることになる。
14万本。
以前会った時よりも5つ歳を重ねていたT田さんは、この間に70万本のニンジンを作り、世に送り出したことになる。すべて手作業で。
だからどうした、と言われれればどうしようもないのだけれど、農家の人にとってはこんな計算は何の意味もなさないのだけれど、僕はT田さんと再会するこの5年の間に、じゃあその70万本のニンジンに匹敵するものをちゃんと生み出してきたのだろうかと自問したら、何だかとっても情けない気持ちになってしまった。
「前にあんた来た時な、コブがたくさんついてて、モノがあんまり良くなかったやろ」
T田さんが言った。
コブとは、ニンジンの表面につく凹凸のことで、これが大きかったりたくさんついていたりすると、品質が良くないとされる。
そういえば、コブがなるべく少ないニンジンの写真を撮りたくて、それを探すのに苦労した記憶がある。
「今年は少ないやろ」
と、T田さん。
「そういえば全然ありませんね」
畝に並んだニンジンを眺めて僕がそう答えたら、T田さんは一瞬、でも本当に嬉しそうな顔をして、ニヤリと笑った。
小さい頃、僕が飼っていたウサギがものすごく行儀が悪くて暴れん坊だったのだけれど、一度だけしつけを守ったことがあった。僕はとっても嬉しくなって、そのウサギを顔の前に抱き上げて、鼻をこすりつけて誉めてあげた。その時、あれは絶対に見間違いではないと今でも思っているのだけれど、確かにそのウサギはニヤリと笑った。
T田さんの笑顔を見たら、大変失礼な話かもしれないけれど、なぜか急にその時のウサギの顔を思い出してしまった。
ニンジンつながり、というわけではないのだけれど。

(2004年3月1日発行『TALEMARKETvol03』「もう一つのにんじん」より)



photo&text by tokosemurayasu
Copyright:(c)2008Kosemura Editorial Office.
All Rights Reserved.